スティーブジョブスの幻影

どうも時々見るのだがスティーブ・ジョブスに対しての評価は一部の人たちにとって非常に高い。どうやったらジョブスのような子供に育つのかという教育方法なんかも雑誌なんかでたまに見る。しかしたいてい彼に対して良いイメージを持っている人はあまりIT 産業やそこでの具体的技術について知らない人が多いように思える。故人を非難するのも良い趣味ではないけれども、いまだに彼がやたらと持ち上げられているのを見ると少し変な気分になるのである。

実際のところIT業界にある程度関わっている人にとって彼はそれほど偉大な人ではなく、むしろ悪い面をチラホラ聞いているせいで嫌悪感を持ったりする人が多い。かといって起業家として成功した人間であることは紛れもない現実なので、あからさまにジョブスを非難するというのは周囲から「嫉妬しているだけ」とか、「成功を認められない小さい人間」とか思われそうなので控えている人が多いのも事実だ。一方IT技術者、つまりある程度専門職としての経験のあるプログラマ同士が飲みに行ったりして、砕けた雰囲気で会話をする時にジョブスについて否定的な意見を述べる人が結構いるし、「うんうん、たしかに私もそう感じる」と同意するプログラマも結構いる。私自身も知り合いのドイツ人プログラマとバーでよく話をするのだが、ある日彼がジョブスについて否定的な意見を持っているのに気が付いた。彼はかなりIT業界に長く関わっており私が師匠と呼べるような腕の立つ技術者で、しかも性格も温厚で他人の成功や努力を尊重するし、とにかく私が個人的に尊敬できるような人なのだけれども、やんわりとはいえそんな彼が遠回しにジョブスを馬鹿にしたようなことを言ったのは少し驚くと同時に私のジョブスへの評価がそれほど間違ってはいないのだな、と安心もした。これはジョブスに限らないことなのだけれどもいわゆる成功者と崇められる人たちについては、どのような人が実際その成功者を崇めているかによって色々見えてくる部分があると思う。特に同じ業界な関わっている人たちの意見を聞くことはその人物や成し遂げたことについて評価する際に結構役に立つことが多い。いや、そもそも考えてみるとその人物の成し遂げたことについて公正な評価を下したいのなら自分自身がその分野についてある程度深い知識を持つ必要があるのは当然要求される事であり、自分自身がそれらについて十分知らないままに周囲の意見に流されてしまうのは論外であろう。かといっていきなり普段自身が関わっていない関連知識を深く得られるわけでもなく、それなら自分がわからない事についてはとりあえずその分野の専門家とされる人たちに聞いてみるのは手っ取り早い方法であることは間違いない。

問題なのはこのような客観的な態度を持って自分の専門外のことについて評価する人たちが少ないという事である。いわゆる悪い意味での「大衆」という人間的なふるまいをする人が結構いて、彼らは細かい部分は見ずに雑誌や新聞等マスコミの言う大げさな事をそのまま受け入れるのである。こういうことを書くと次のような反論を言いたくなる人がいるかもしれない。「そういった核技術分野にかかわっている専門家と呼ばれる人たちはその業界の一種の利益集団の一員ともいえるので、つまりこれ等の人にいろいろ聞いても必ずしも本音で話してくれるとは限らない。何故ならば自分たちの業界の悪いイメージに繋がることは言いたくないからだ」。例えば極端な例を上げると、プログラマに対して「ITの進歩のせいで将来多くの職業が無くなるかもしれない。IT業界は多くの単純労働者にとって潜在的な敵である」なんてことを言ったってそのプログラマはあなたに対して肯定的に同意はしてくれないであろう。「それはつまり我々は非常に生産的なシステムを作っているためであって、単に無能な人たちが不要になるだけだ」なんて過激な返事が返ってくるかもしれない。

他にももっと複雑な状況を考えると、例えば単なる本のオンライン販売から始まったアマゾンは今や小売り流通業界の覇者のような存在であり、アマゾンは一般消費者にとっては非常に多くの利便性を提供してくれる企業であると同時に多くの小売店にとっては天敵に様な存在であろう。また昨今のヤマト運輸での残業問題のように、オンラインショッピングの増大による流通量の増大という運送業界に対しての一時的な売り上げの増加とともに、アマゾンによる値下げ圧力で長時間労働とそれによる従業員の負担という負の側面の両方が現れたりと、社会全体としては良いのか悪いのかよくわからない結果を生み出している。つまり消費者にとってはアマゾンとその創業者であるジェフ・ベゾスは、その当時は先駆的な試みであるでオンラインショッピングを駆使して我々の日々の暮らしにおける「買い物」という行為の利便性を一気に上げた、一種の「社会を良くした人」とも言える一方、関連業界を潰しまくった上に(まぁ、でもこれは仕方がないこととは思う)外国企業という地位を利用してアメリカ以外の先進国ではほとんど税金を納めていないという金に貪欲な典型的な「汚い国際企業」の経営者、という評価も下せるであろう。特に納税回避について詳しく調べているであろう税務署で勤務する専門家からすると一種の「社会の敵」とも表現されるかもしれない。

アップル製品群の高評価はジョブスが成し遂げたことであると言うのは間違いはないと思うが・・・

また、話を少し技術的な部分に目を移すと、確かにアマゾンはインターネットが始まってそれほど立っていないときに一般消費者向けの「オンラインショッピング」というWebシステムを作り上げた。もしかしたら、いや間違いなく一部の人は彼のことを「天才IT技術者」と呼ぶことであろう。これは私も含めたプログラミングは何かを知っている人から言わすとあまりにも的外れで可笑しい表現である。というのはオンラインショッピングというプログラムを作ることは面倒くさくはあっても技術的には何も難しいものではないから。また同じようなことについてはジョブスやマイクロソフトのビル・ゲイツ、そしてフェイスブック創業者のザッカーバーグにも言える。彼らは決して天才プログラマなどと呼ばれるような人たちではないのである。そもそも「天才プログラマ」とと呼ばれる人がいても、具体的に彼らはいったい何をできる人たちであろうか?天才でないプログラマとの違いは具体的に何であろうか? これに答えられる人はプログラマでも少ない。というのはそもそもプログラミングというのはかなり地味な作業なので、コツコツと地道にすることが良いプログラムを作り上げるコツだからだ。もちろん素晴らしい閃きなんかが良いプログラムを作るきっかけになることはある。しかしとにかく実際の作業というのは高級腕時計の職人のようなもので、システム全体を俯瞰する能力と細部を正確に作り上げる努力の二つが求められるなんとも神経質的で職人気質な職業である。ただ大抵のプログラマはシステム全体像を俯瞰するのが苦手で目の前の機能の実装だけに目を向けることが多く(というかそれ意外の事へ頭が回らない)、そういう意味ではこの両方をしっかりとできるプログラマは優秀であり、一種の天才といえるかもしれない。しかしこれは漠然とした「天才プログラマ」という表現から想像する人物像とはだいぶ違ったものというのはお分かりいただけると思う。

話を元に戻してジョブスについて私なりの評価を言うと、彼のデザイン思想については良いものだったといえる。デザインといっても外見だけの問題ではなく、ユーザーインターフェースといったソフトウエアのレベルでの操作性や視覚的な統一性である。彼の思想を具現化したアップル製品の影響は相当あって、あっちこっちの企業が真似をしていた。私個人的にはアップル製品のファンというわけではないが、例えばタブレットについてはiPad以外は使う気になれないと感じている。セキュリティなどについてもアップルはそれなりの厳しさをもって製品づくりをしていたようで、おそらく業務用で使う際も今のところはiPadなどの端末は真っ先に考えるべき選択肢だろう。ニューヨークの美術館(有名だがどこかは忘れた)で展示物案内用の端末を借りたがこれがおそらくiPhoneをベースにしたもので使い心地が非常に良かった。似たような目的の端末はほかの美術館などでも使ったことがあるが、たいていはOSがアンドロイドで機器もおそらく中国か韓国ののもので、画面反応が遅くとても使いにくかったのを覚えている。それと比べるとこのアップル製の端末は全く別物だった。というかこのぐらいの品質が当たり前であるべきだと思う。他のアップルのサル真似商品がダメなだけとも言えよう。こういったことを鑑みるとジョブスは強いリーダシップと製品設計思想を持った経営者といえるであろう。しかしそれ以上ではなく、間違っても天才プログラマとか呼ばれる類の人間ではない。彼と同じレベルのプログラマはいくらでもいる。

ジョブスを含め、この人たちへの正当な評価としては平均的に言えば優秀な経営者かつ技術投資家、といった表現のほうがふさわしいであろう。なので実際にプログラミングを飯の種にしている専門職の人たちは、たかが経営者であるくせに「天才プログラマ」とか呼ばれて良い気になっている(良い気になっていないかもしれないが少なくとも公に否定しようとしない)これらの創業者たちをどこかあざ笑うように話のネタにするのである。

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