コロナ影響下の社会で暴かれる、ある意味既に分かっていた事

コロナウイルスによる問題が思っている以上に長引いている。ワクチンの供給も始まっているものの、発生時からの経過時間を考えると完全に長期化しているコロナウイルスによるパンデミック問題。ルクセンブルクでもそこまで深刻ではないものの皆この状況に慣れてきた感じがあり、むしろ今が一番危険であるように思える。それは実際の統計上の感染者数の増大と身近なところで起きる実際の感染者のことを考えると割と間違っていないのであろう。

私の知り合いもコロナに感染しており、それを知ったのは彼女に会う予定が偶然先送りされた2日後であった。また身内の遠い親戚の高齢者の一人にコロナに感染して1週間余りでいきなり亡くなった方もいた。長期的な闘病ではなく比較的急に症状が悪化し亡くなる方が結構多いことをニュースなどで聞いてはいたものの、やはり実際に身近で起こると気が引き締まるというか現実感が湧くものである。

さて、コロナ問題が社会に対して歴史的な影響を与えているのは今更強調する必要のない事実なのであるが、やはりこういう社会の混乱時だからこそだろうか、ここ一年近くの状況を客観的に眺めているとどうしても気になることがある。冷静かつ自己反省のできるような人たちならば同じような感想を持っているかもしれない。

それは何か?あなたも感じないだろうか?とくにコロナウイルスだけでなく、このパンデミックが原因で発生した社会的・政治的問題の解決方法や、それに関した各種の将来予測などについて、この世にいる人間の大半がいかに自分の発言に対して責任を持とうとしていないか、についてである。これまでにあちこちから聞こえてきた主張や持論など、各自の発言内容がバラバラで一貫性がなく、自分勝手で中身のない空虚な思いつきをペラペラと発言して、人々の感情を煽ったり、怪しげな論拠をもとに何かしらの行動を実行に移したりなど(トイレットペーパーの突然の品切劇など)。しかもそれが2ヶ月後には記憶喪失でも起きたかのように全く違う意見になったりするどころか、真逆の意見を言い出したりすることもある。そしてそのようなことを言っている彼ら彼女達は自身の言っていることの一貫性のなさに全く気が付いていない。気が付いていないというか、気にするつもりがないのかもしれない。これついては身近な人たちだけでなく、テレビや新聞・雑誌に出るような著名人も然りである。また日本だけでなく欧米でも全く同じである。まさにバカを炙り出していると言った感じがある。いや、中にはこの混乱を機にわざと目立つような、目耳引くようなことを言いふらし、自己の利益にのために利用するものも珍しくない。
するとバカを炙り出していると言うよりは、普段あまり見えていなかった各自の人間性の程度が、急激に起きた環境の変化に対応できず顔を覗かせていると言ったほうが良いのかもしれない。

このような連中を眺めていると私の心中にゴミ屑を見下げるような気持ちが湧くのだが、しかし同時になんとも切なく寂しい気分にさせられるのである。なぜならこの事はそもそも分かっていたことである。世の大半の人間は社会的責任などほぼ考えたことのないような短絡的でどうしようもないような人間に溢れているということであり、そんなことはコロナ以前から分かっていた事実であった。

普段は私がそういうことを言っても大抵の人は私の言っていることを大袈裟だとか、中には「何を偉そうに、お前はどうなんだ?」と言った感じで逆上する感じの人たちもいる。

中国問題に対しての意見の変容

個人的に一番印象的なのは中国人や中国(正確には中国共産党)という国に対しての認識がパンデミック前後でかなり変わった人たちがいるという事である。これに関してはどこに住んでいるかによってもばらつきはあるものの、コロナ以前は私が中国批判をするとまるで私が差別的だとか、日本は中国を侵略したのだから日本人は中国を批判する資格がないとか言った的外れな意見を持ち出す愚か者が日欧限らずそこら中にいた。
今はどうか?コロナウィルスの発生を隠蔽したり、早期にこのウィルスの危険性を注意喚起した自国の医師を犯罪者として監獄にぶち込んだり、WHOのトップであるテドロス・アダノムを金や権力でたらしこんだ結果、寧ろWHOがパンデミックや社会的混乱を助長したりなど、自分の保身のためには他人が死のうがどうなろうが関係ないと考えそして実行する中国(とその共産党政府)の本質がやっと見えたのかして、中国に対しては批判的なことを言う人が多くなった。

「え、なに?今更?(笑)」と言う感じなのです。
私が個人的に知っている人達にもこういう人たちは結構いる。彼らは以前は私の中国批判を聞いても大して真面目に聞こうとはしないばかりか逆に私を差別主義者とか、極右呼ばわりして嘲笑や批判も辞さなかった人たちである。中国というのはかつてのソ連のような、世界に害を及ぼす非常に危険な国家であることはわざわざ証拠などを持ち出さなくても通常の知的能力があるなら、少し新聞などを読めばわかることである。なのにこれについて私が説明しても、普段から「人権!男女平等!弱者救済!」などと善人ぶっている幾らかの知り合いは大して真面目に聞いてくれなかったものだ。なぜ急に意見を変えたって?それはコロナという形で自分に火の粉が実際に降りかかってきたせいであり、また欧米社会全体が政府も含めて中国に対して強い非難を始めたので、以前と比べて中国に対し批判しやすくなってきたからである。いや、正確にいうと自称「良い人」である彼らはこの現状のなかで中国を批判することで、やっぱり自分たちは「良い人」であると主張したい部分も大いにあろう。つまり「良い人」を信念からしているというよりは自己の短略的な利益のために行っているのである。正義のヒーローってカッコいいもんね。うまくいけば懐も潤うしさらに異性にもモテる✌️
なので当然、今もし中国批判を彼ら彼女に対して展開すると彼らとは非常に良い友達になれると思う。人権万歳😡

私の中国批判はコロナ以前から何も変わっておらず、このブログの以前の記事にもある通りである。じゃあ何か、私は先見の明があるのでコロナの問題について予測していたのか? そんなわけはない。ただ常識的知能があれば今更騒いでいるウイグル人強制収容問題(現在は強姦・拷問・洗脳を含む特定民族の殲滅問題と言った方が正しい)などについても数年前には既に分かっていたことだし、特に日本人であるならば日本に対して戦争と侵略を常に試みている中国という存在については嫌でも気になるということなだけである。これまでの現状を少しでも俯瞰することができるなら、このまま何もしなければ中国という国は何かしでかす、ということは火を見るより明らかな訳で、コロナでなくても何かが起きる可能性は十分にあったわけだ。

コロナの見通しと社会政策に対する意見

これはヨーロッパに住んでいながらも日本国内の細かな情報にアクセス出来る日本人だからこそ分かることだと思うが、コロナウィルスが中国で蔓延し始めた頃、つまり日本に停泊していた大型クルーズ船内で感染者が見つかり、政府がクルーズ船の乗客の下船許可を出さなかった頃なのだが、その時はここルクセンブルクでもまさに対岸の火事どころか遠い国のお伽話程度の感じで呑気に構えていた。一部の熱血人権屋やイチャモン大好きマスコミは日本政府の下船に関する対応を人権問題と絡めてさも嬉しそうに批判していたが、今の状況を見るとあれは可愛らしい茶番だと感じるのではないだろうか。そういえばあの時日本政府を批判していた連中は今どこで何を思っているのだろうか?少なくとも「私は間違っていた」なんて反省的声明を出す真面目な人間はほぼいないであろう。彼らの辞書に自己批判という項目は載っていない。

日本国内ではどうだったか。私自身は基本的にルクセンブルクにいたので日本国内の状況はインターネット上で読めるものだけでなく日本の家族や親戚からも詳細に聞いていた。と言うわけで割と客観的に状況を見ていたのだが、コロナ感染対策のために人的接触の多い業種は自粛するべきか、自粛せずに経済優先すべきか、についての一般人・著名人関係なしにネット上で見られた論争は実に見苦しいものであったと感じたのは私だけであろうか?
とにかくこの連中の大半の言っていることには一貫性がなくコロコロ変わるのである。コロナ発生時は深刻に捉えていたため自粛に対してそれほど異を唱えてはいなかったものの、2020年の春の終わり頃にはコロナは夏季には弱まると言うデータも持ち出し急に楽観論が出てきたため、人の移動の自由と経済解放優先が急に実現可能であるとの空気感が蔓延し出した。実際人々の行動は(ヨーロッパも含めて)開放的になり政府の規制も弱まった。しかしその結果夏の中盤ごろから急に感染者数が高くなったのは知っての通りである。また「GOTO」関連の年末年始における茶番劇も同じである。

日本のコロナ感染による重傷者の割合の変化(厚生労働省からの抜粋)。8月から9月にかけての重症者の再増加は一部の日本人の知能レベルに関しての否定し難い相関的・客観的事実を示している。

経済を優先したい側の陣営はちょっとでもコロナが収まるように見えると「すぐに通常にもどせ!」と喚き立つがその結果感染者が増えるとそれまでの自分たちの論調について反省はせず言い訳をする若しくは何事もなかったように静かに隠れる。場合によっては痴呆症の如き全く逆のことをまるで当然かのように言い出す始末である。ちなみにヨーロッパでは経済を優先していたイギリスとスウェーデンでどうなったかといえば、イギリスはEU圏内での最悪の感染率を達成し、マスクを使うことをバカにしていたジョンソン首相は自分がコロナにかかり集中治療室へ。この馬鹿者からは「自分は間違っていましたと」等の声明は出てこない一方、別人にでもなったように「マスクをつけることは必要だ」とか全く逆のことを言い出した。集中治療室での治療対象とされたのは肺とかではなく全く別の箇所だったのかもしれない。スウェーデンは感染率が高くなったとはいえ経済はそこそこ良好だったので途中までは上手く行っていたように見えたが、最終的にはコントロール不能な状況に陥り皇室関係者が自国のコロナ対策は「失敗であった」と反省の弁を述べた。ジョンソン首相と性格的に似た雰囲気のあるブラジルのボルソナロ大統領という脳機能に障害が疑われる人物も「コロナはただの風邪」と言い喚いた挙句、自分が感染して薬を飲むと言う体を張った拍手喝采の喜劇を演じてくれた。

無論、では経済活動を止めてしまうことによる被害を軽視するのかと言うともちろんそんな事はないと考えてる。経済活動が止まってしまうことは要するに収入が止まると言う意味でもあり、金は当然大切である。

要するにバランスが大切なのであって、どこで両者の利益と不利益の線引きをするか、である。が、これをめぐって全社会が冷静に議論すると言うことがあまりなく、政府も巻き込み皆好き勝手に主張することによって意見に纏りがないままこれまでやって来たと言う感じだ。
知っての通り過去一年間、状況は予測不能のまま進んでおり、その度その度、想定外の新しい局面に直面してきたのだが、上記のように身近にいる人たちはもちろん知識人と呼ばれるような連中の言うことでさえあまり当てにならないどころか、下手に信じるとむしろ危険でさえあり、結局のところ私個人としてはただ無闇に他人の意見には耳を傾けず一定の距離を置いて状況を可能な限り客観視するという、実にありきたりな考え方で生活していくと言うのが一番確実だと改めて実感した。

自分の発言には責任を。
それは他人に対してだけでなく自分自身に対しても必要である。何よりも自身で持っている知識に矛盾があると言うことはそれは単に自分自身にとり損であるのだから、尚更以前の自分の発言と今の発言に矛盾がないか注意すべきだ。また矛盾した事を平気で言う人間は当然ながら信頼されない。もちろん人は完璧で無いので間違えることもあるし、私自身も独善的な考えをもとに行動した結果痛い思いもした事がある。人間なんだから間違えること自体は避けられないと思う。しかしこういう自己の体験や、その他数ある歴史上の人間的弱さに起因する失敗から教訓を得ない良い歳をした人たちで溢れているのが現実のようである。

普通で理性的な生き方をしている人間は本当に少ない。いや、普通とされる理想的な真面目な人間像はむしろ普通でないと思ったほうが良いのだろうか。とにかくそう言う考え方を実生活で実践している人は本当に少ない。そしてそれはそもそも分かっていた事ではあるが、コロナのような社会全体に混乱や変革を強制させる非日常的な世界に突入すると尚更低俗な人間がその本性を出してくるのであり、強烈にこの事実を再認識させられるのである。もっと極端ではあるが戦争が起きたりしても同じような事になるのであろう。そしてそれを見ると腹が立つと言うよりは、なんとも信頼の置けない人間たちでこの世は充満しているのかという現実の方が強烈で、なんだか寂しく孤独な気分にさせてくれるわけなのです。

この調子だと人類が他の惑星に移住できるような技術を持つ事よりも、他人への責任を持つ人たちで溢れかるような社会を実現する方がよっぽど難しい気がする。

もちろん私自身の普段の言動にも責任は伴っているのかと、跋扈する反面教師たちを眺めながら気を引き締める今日この頃です。

コメントを残す

送信完了しました。

確認用メールが届きますのでご確認ください。届いていない場合はメールアドレスの間違い、もしくは他の理由での送信失敗の可能性があります。お手数ですが再度送信してください。

お問い合わせ

  • 確認用メールが届きます。何も届いていない場合は迷惑メールに入っていないかご確認ください。もしくは記入されたメールアドレスが間違っている可能性もありますので再度送信ください。
  • 中傷メールやスパムメールは自動的にはじかれることがあります事をご了承ください。