リトアニアについて

ちょっと用事ができてリトアニアの首都ヴィリニュスに来た。全くの偶然が重なっただけのような気がするが、私がドイツにいた頃からリトアニア人が周りにいることが多く、リトアニア人の知り合いが妙に多い。リトアニアというのはバルト三国で一番大きい国であり、ルクセンブルクと比べると人口も領土も大きいがそれでもEU圏内では小国だ。なのでリトアニア人がいかに同じEU圏内の他の西洋諸国に移住したとしてもそれほど彼らに出会う確率は高くはないはずなのだが、なぜだか私のまわりには高密度でいた。なのでリトアニア、もしくはその周辺に行くことがあれば簡単に彼等の家に泊まることができ便利ではある。とはいえ私は友人の家に泊まるよりもホテルに泊まった方が気軽なのでヴィリニュスに滞在する際は大抵ホテルを予約する。

ついでなので今回は軽くリトアニアを紹介してみたい。

この国についてはやはり小さい国ということもあってあまり知られてはいないものの、「バルト海諸国」とか「バルト三国」、そして「バイキング」という表現は聞いたことのある人も多いのではないだろうか。実際に日本人でなくてもリトアニアについて知っている人は少ないが、先にあげたキーワードについては知っている欧米人は多い。またバルト三国の中でもエストニアはリトアニアよりもさらに小国ながらIT関連で成功したハイテクの旧東欧国、という文脈で割と知られていたりする。

自然面で見ると国土の多くが平地で土壌は細かい砂状であることが多い。本当に起伏が少なく山と呼ばれるものはないようで、国土の一部にせいぜい300メートルほどの丘があってそこが一番標高の高い場所とされる。西側はバルト海という内側に入り組んだ海に面しており気候はマイルドだがそれでも冬はかなり寒い。東側は内陸型気候で夏は暑く冬は厳しい寒さになる地域である。市街地以外は結構緑が広がっていて湿地も多く広大な林地帯があり私も散歩に誘われたりもした。そいう場所では杉のような針葉樹が多く生えていて見事な苔が地表を覆っていることが多く、まるで映画の舞台でありエルフやゴブリンが出てきそうな美しい森林が見られる。こういう雰囲気の森林は起伏の激しい日本ではあまり見られないのではないだろうか。また小さな湿地がちらほら点在していて、雨が少し長く降った後にも水溜りが林の中に良くできる。

バルト海側のビーチは意外と砂が白く、北側の海に特徴的な青黒いやや濁った海とこの淡いクリーム色の砂浜はなんとも切ないような美しい風景を醸し出す。ただ夏もそれほど気温が上がらないので海水浴を楽しめる期間はやはり短そうだ。実際、交通の便の良い場所にあるビーチはリトアニア中から人が集まるのでかなり混み合っていた。内陸部の林や海側もそうだが、自然管理は厳しく行なっていないようで、ありのままの感じの雰囲気が個人的に好印象だった。ちなみにドイツでは、無論場所によっても違うだろうが森の中深くまで入ってもいきなりポツンと規則の書かれた看板が立っていたりする。何事も正しく管理する事は大切だし規則を作ることは理解は出来るが、もう少し気楽に自然を満喫したい私にとってリトアニアの自然公園はとても開放感があって好きである。

バルト海とビーチ。思ったより砂が白いので驚いた。夕焼けは本当に美しい。

さて視点を変えて政治面でこの国を見るとソビエト連邦、つまり旧共産圏に組み込まれていたことから「東欧」といういう言葉が頭によぎる人も多いかもしれない。また語尾に「ニア」がつく名称の国は「リトアニア」だけでなくとも東欧に多いので東欧の政治などを勉強していたわけでない限りどれも似たような名前に聞こえてしまうかもしれない。なのでリトアニアも含めて東欧諸国は「ニア」のつく似たような名前ばっかりのヨーロッパ後進国、という感じで適当に理解している人も多いことであろう。

しかし上記の表現はあまりにも大雑把であり、実際のところ「東欧」という呼び名さえもかなり怪しいというしかない。例えばリトアニアを含めたバルト三国については最近OECDによって地理学的に東欧ではなく北欧という区分に入った。理由は簡単で地図を見れば一発である。バルト三国はEU圏内では東側にあるが同時に間違いなく北側に属し、北欧としてよく知られているスウェーデンとフィンランドの南側にあるとはいえお互いバルト海を挟んで目の前にあり冬はマイナス20度以下になることがしばしばある。ちなみによく地図を見ると実はフィンランドはヨーロッパ北側にあると同時にかなり東にも位置しており、我々が普段使うメルカトル図法ではフィンランド国土の東端はバルト三国よりなんと更に東側にある。

先ほど東欧諸国には「ニア」という表現の国名が多いといったがこれもかなり偏った見方である。発音の仕方や呼び名というのは歴史的に色々な要素が絡み合い一貫性がないので詳細は省くが、現在我々が国際的な文脈で国名を呼ぶときにはそれらはほとんどの場合英語的視点にした呼び名、発音である事に注意すべきである。例えばリトアニア語による本来の呼び名はLietuvaであり、「リアトヴァ」と発音する。(堅苦しい表記での国名はLietuvos Respublika)実はこのような感じで東欧にあり「ニア」がやたらと語尾についていると考えられている国々の正式な名称は実はこの「ニア」が語尾になく、だいぶ違った印象を持つ国名が多いので調べてみて欲しい。そもそも日本も国際的にはJapanだし、ドイツは国際的にはGermanyであるがドイツ人は普段はDeutschland「ドイチュランド」と呼び、全然発音は違うがこれが本当の呼び名である。ちなみにそういう意味では日本国内でGermanyではなく「ドイツ」という本来の発音に少し近い呼び方をすることについてドイツ人は好意的に感じたりする。

人によっては東欧と言うのは西側ではない東側のスラブ系ヨーロッパ文化圏をまとめて呼ぶので文化的にはやはり東ヨーロッパというまとめ方は意義がある、と思うかもしれないがこれも特にバルト三国について考えてみると無茶苦茶である。特にバルト三国はドイツとの結びつきも深く例えばリトアニアはドイツ北部のハンザ同盟に含まれる都市があり、経済的にも中部・西側ヨーロッパとの繋がりが昔から結構あった。またリトアニアについて歴史的言語学的な面で見るとその特徴はヨーロッパの中でも色々と無視できない特徴がある。

まず言語であるが現ヨーロッパ圏内で最も古いのがリトアニア語である。たしかに表層だけを見るならばなんとなくロシア語・スラブ語グループに発音が似ている感じがあり、日本でも一部の馬鹿者がロシア語の親戚かなんかのように感じでリトアニア語を解説しているのをちらほら見かけたが、両者は似てるどころか全くの別物である。例えば知り合いのロシア人が言うにはロシア語とポーランド語は言語学的には似ている部分がありロシア人がポーランド語を聞くと2割程度は理解できるとの事。しかしロシア人がリトアニア語を聞いても全く理解できないのである。このように西洋の言語とも東欧の言語とも似ていないのがバルト・スラブ語というグループに含まれるリトアニア語であり、更に極め付きの特長は既に説明したようにリトアニア語が現在ヨーロッパ圏で生き残っている最も古い言語ということである。

リトアニアはバルト海域の文化圏にあるとともに、ヨーロッパの歴史を見ると一時的とはいえポーランド地域と合併し実質的な権力が全てリトアニア人に属していたというわけではないものの、15世紀当時のヨーロッパでトップ3に入る大きな国だった時期があり、ロシアやドイツ地域にも拮抗するリトアニア大公国と呼ばれる超大国だった。他にもリトアニア人の強い自立性を証明する注目すべき事実としてヨーロッパ全土でのキリスト教の普及に関して最後の最後まで抵抗していた最後の非キリスト教国であった。リトアニアが他の多くのヨーロッパと同じくキリスト教圏となったのは14世紀末であり、ポーランド地域と合併した時に諸事情を考慮しキリスト教を受け入れたが、それまでは日本の神道のような汎神論が彼らの宗教観であったようだ。リトアニアがキリスト教圏内に入ったことによりやっと全てのヨーロッパ諸国がキリスト教の影響下に置かれることになったのである。

東欧という表現には暗黙に「旧共産圏」と同義語であるような暗い雰囲気がつきまとう。これは他の欧米諸国の人たちも同じように考えていることが多いが、ことさらリトアニアに目を向けるとこの国は色々と違う。まずリトアニアがソビエトに編入された理由はソビエト・ロシア側の国技である嘘つきプロパガンダによって「自律的参加」とされたがそれは当然違うのである。ロシアを筆頭とした小汚い政治家等と、ごく一部のリトアニア内部の売国的政治家等が策略した大芝居であり、そのため正確な統計は手元にはないが知る限りその当時のリトアニア人はソ連加盟になど全く興味はなかったのである。ロシア共産圏側の策略に巻き込まれ見かけ上は自主的に参加したように印象操作されてしまったのである。そしてソビエト連邦に(強制)加入させられた後もリトアニアは他のソビエト参加国とは違い経済では優等生であり、例えばリトアニアで作られたテレビやラジオがソ連内では優良な家電として出回っていたと知り合いのロシア人が言っていた。このようにリトアニアはソ連内では一番の優等生としてロシアの次に評価されていた地域であったのだが、この理由は簡単でリトアニアはソ連(強制)参加の前の時点で小国という制限はあったものの十分な技術力を持つ西欧寄りの国だった為である。

過去に小国からヨーロッパの超大国に変貌を遂げたユニークな歴史を持つ一方、その後に色々ありまた小国になってしまったリトアニアは大国間の策略に嵌められやすい側面を持ち、結果としてロシア・ソ連の策略に巻き込まれソ連に(強制)参加させられたのだが一方民間人は全くと言っていいほどソ連加入には興味がなかった。むしろソ連参加によって失うことばかりであったのだ。
さて今は無きソ連であるがその崩壊を引き起こしたのがリトアニアの独立宣言であることをどれだけの人たちが知っているだろうか?無論リトアニアの独立宣言以外にもその当時のソ連は内部に問題を多く抱えており、アメリカによる経済制裁なども含めて連邦国家としての存続に関して問題が噴出していたので決してリトアニアだけがその崩壊を起こした最大原因と言うわけではない。ただ相対的に弱小国家で、邪悪独裁国家ロシアによる半殺しの蹂躙がリトアニア全土で起こされる可能性があったとしても先陣切って独立を宣言するような屈強な精神がリトアニア人になければソ連崩壊がもっと後になっていた可能性は十分にあるし、そもそも崩壊せずにダラダラと疲弊したソ連という国が現在まで生き残っていた可能性も排除はできない。
現在は小国ではあるものの歴史的・文化的・経済的にも独自の過去を持つ一方、ドイツとロシア・ソ連に蹂躙され続けていたリトアニア人は例え軍事的に弱小であってもかなり強いメンタルをもっており、それはバルト海で暴れ回っていたバイキングたちと対峙してきた事や、過去にはヨーロッパ屈指の大国であったという以外な事実からも窺える特徴である。この精神的に屈強なリトアニア人が人間の鎖という非暴力的手法で残りのバルト海域国家であるラトビアとエストニアを巻き込み、ソ連崩壊の引き金を引いた張本人なのである。この命を張ったイベントの約1年半後にソ連は戦車隊をリトアニア・ヴィリニュスのテレビ塔に送り込み少数の民間人を虐殺した事件が起きた。その後急速に独立へと政局は向かっていく。この辺りの詳細については興味があればご自身で調べていただければ色々な情報が出てくるはずである。

ちなみにこのリトアニアの独立(回復)宣言に対して真っ先に認証し国として認めたのはリトアニア以上の小国であるアイスランドであった。知り合いに聞いたところ、アイスランドによるリトアニアの国家認証はアイスランドの歴史の中で一番勇気ある政治的決断だったとアイスランド人は考えているとのこと。人口がリトアニアの10分の1程度の小国であるアイスランドを蹂躙するなど赤子の手を捻るような簡単なことであり、恐ろしい報復をロシア・ソ連から受ける可能性もあった当時のアイスランド人にとり相当な覚悟がなければ踏み出せない勇気ある決断であったろう。一方、西ドイツ・フランス・イギリス・アメリカ、そして我らが日本など自称自由先進諸国の代表どもはは何をしていたのだろうか?無論この連中も最終的にはリトアニアを含むバルト三国を支持したが、当初は静観していた部分があり、西側先進国からの国家認証も含めた早急な政治的支援が無いとロシア・ソ連による住民殺戮が避けられない可能性があったリトアニアにとって、自由の守護神を自称するような西側先進国にもその実際の行動には小汚い打算が付き纏うことがあると認識した、絶望と死の香りが鼻先をかすめた時期であった。

ソ連崩壊とリトアニアに関連して少し面白い話がある。ソ連参加国というのはリトアニアのように強制参加させられた哀れな弱小国家ばかりと思っている人が多いのではないだろうか。ソ連は言うまでもなくその中心部はロシアであるが、特にモスクワの経済・文化力を中心にして相対的にソ連加盟国を眺めてみると意外で面白い事実が見えてくるのである。
ソ連として参加することになった国々のいくつか、例えば同じくソ連の一員であったアルメニアやタジキスタンといった国の人達にはリトアニアに対して恨み節を吐く者がいるのである。それはリトアニアがソ連から独立したことに対する怒りなのだが、ロシアの独裁からせっかく独立できたのになぜこれらの国々の中にソ連崩壊に対して貢献したリトアニアに対し文句を言う者がいるのかと、たぶん大方の自由先進国の人間にとっては彼らの怒りや不満の意味がわからないであろう。
ソ連崩壊後に「独立国家共同体」というソ連の後釜的な、やはりロシアを中心とした国家連合ができた。ソ連とは違い各国は強く独立しているが経済や安全保障で連携をしておりバルト三国離脱後の旧ソ連の国々が再集結したような感じの連合体である。その中の国、例えば先程例に出したアルメニアやタジキスタンと言った国々は昔から貧困極める国々であり、実は意外なことにソ連加入に関してはむしろ喜んでいたような国々である。なぜ喜んでいたというと、西側先進国からすると後進国でであるロシアでさえこれらの国にとっては経済的にも裕福な憧れの国であるので、むしろソ連として吸収されることはロシアやバルト三国のブランド力や経済圏に乗ることができ、それは喜ばしいと思う者も多くいたと言う事実である。要するに下にはさらに下があった言うこと。なのでそもそもソ連に吸収されることなど微塵も望んでいなかった優等国家であるリトアニアが出て行った事に対して勝手に逆恨みしてる状態だ。もっと簡潔にいうなら寄生虫どもがリトアニア等の優等国家からのおこぼれ的恩恵を受け取れないことに対して勝手に逆恨みし、豚の屁のような喚き声ををヤギ肉臭の充満した口臭と共に撒き散らしているのである。
またリトアニアがEUの一員になった後、西側ヨーロッパなどに移住したリトアニア人が最も嫌うことの一つにロシアも含めた旧ソ連の国からのEU移住者に英語とかではなくロシア語で話しかけられる、ということがある。それはロシア語での会話をすることで暗に旧共産圏の仲間同士いう事を心理的に強制させられるからである。これはアジア地域にある国というだけで日本と他のアジアのクソ国家を同列にしようと試みるキムチや中国人を筆頭としたアジア人の企み対し私のような一部の日本人が辟易することと同じである。「お前らソ連貧困国共のコンプレックスとかにリトアニアを勝手に巻き込むな、てかリトアニア語とロシア語全く違うし。お前らスラブ人同士だけで猿語喋って仲良く尻穴舐め合ってろ」という事である。

確かに西欧先進国と比べるとリトアニアは経済的には後進であるのだが、前述のように文化や言語の特殊性なども鑑みるとロシアなどのスラブ系国家とは一線を画す国であり、精神的にもかなり自立している。また私のこれまで出会ってきたリトアニア人のほとんどは彼らの国が相対的に西ヨーロッパよりも後進的な小国であることを自虐的に笑うことが出来る。これは彼らが先進国と比べた際の自国の問題や弱みに対して正直に受け止めており、そのためあまり自国に対してコンプレックスを抱いてないというか、もしくは素直にそれを笑い飛ばすことができる大人な態度というべきか。私が初めてそれに気がついた時は少し驚いたと共に彼らに対しての好感度がかなり上がった。これと同じような精神性は同じく日本統治時代の良い部分も悪い部分も直視して受け止めてきた台湾人にも見られる。良い部分も悪い部分も含め事実から目を背けず勇敢に生きてきた過去がある人たちの生き様は、卑怯な政治術だけに長け自国民を搾取したり日本から恩恵を受けたり騙し取ったりして何も自主的に解決してこなかった韓国人や中国人の持つ哀れなコンプレックスとはかなり相対的である。結果がどうなるかわからずとも、信念と勇気を持って崇高な挑戦をした事のない人間はどんなに裕福になろうとも死ぬまで自己肯定感が無いことに由来する精神的問題を抱えるのであろう。

やや余談も入ってしまったが、リトアニアという国についてリトアニア人の直の声も合わせて説明してみた。本当に偶然がきっかけで関わり合いができたリトアニア人を通して、国格というのはその国に生きる人たちに共通する考え方がそのまま反映されるものだと改めて痛感した次第である。そしてさらにその根幹となるのは当然その各人の持つ哲学とか生き様であろう。

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